「インスタ萎え」という2018年のキーワードを考察。「華やかしさ」の承認欲求から「センス」の承認欲求の時代へ

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東京で一人暮らしをする早稲田大学生。来年からSE。 一人暮らしで得たライフハック、株やお金、ビジネスに関する話題が得意。特に就活に関して自信あり。レビュー記事以外は6000字以上が多いのでお時間がある時にどうぞ。

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「インスタ映えに疲れた」という若者の本音

インスタ映えを否定する気は全くない。インスタは様々な価値を世の中に生み出した。

ある人はインスタ映えに個性とセンスを活かし、インスタグラムを生きる手段としている。つまり、その人そのものが広告塔として活躍する、インスタグラマーという新しいビジネスを生み出した。

一部の有名人だけでなく、一般人にも大きな影響を与えた。インスタ映えしたいがために主体的に友人を誘い、ある意味、リアルでのコミュニケーションツールとして役立ってきたかもしれない。

個人的な話をすれば、自分が大学生の頃に働いていたカフェはインスタ映えスポットとして有名だったがゆえ、毎日のように何枚もの写真がハッシュタグでタグ付けされ、芸能人やYoutuberもたびたび訪れていた。店員としては、「絶対に赤の他人のインスタに載りたくない」と必死にスマホから逃げる日々だった訳だが、もはや、企業にとっても無視できないメディアとしての存在である訳だ。

しかし

本当はもうインスタ映えに消耗しているのではないか。

既にインスタ映えする場所という場所は発掘され尽くされ、コメントは「この間そこ行ったよ~綺麗だよね~」というマウンティングの嵐。

都内を歩けばお洒落なカフェ、通称オシャカフェに嫌でもぶつかる。もはやカフェは若者にとっての美術館になってしまったのかもしれない。

インスタのタイムラインをスクロールしても、お洒落お洒落お洒落の連続で、もはやリムジンパーティをしても流されてしまう。インスタ映えをしようと張り切るほどお金がかかる。2017年において、差別化できるインスタ映えはもはや海外くらいしか無くなってしまった。流石にそこまではお金をかけられない。そのうち、インスタ貧困という単語が誕生してもおかしくはない

とにかく、もうインスタ映えに気を張らなくとも良いのではないか。

2017年はインスタ映えの難易度があがった

先ほども申し上げたが、とにかくインスタ映えが飽和し過ぎている。

あなたが知り合い用のインスタのアカウントを持っているとして、フォロワーの属性としては同じ地域に住んでいる人が多いであろうから、かなりの確率でインスタ映えが被る

だからこそ、新しい素材とジャンルを求めたインスタグラマーによる、インスタ萎えという単語が爆発的にヒットするのではないか。

ハッシュタグによる敷居の低下

ハッシュタグはある意味の免罪符なのだと思う。

2017年であれば、下手に中途半端な、微妙に映えているのか、あえて映えさせていないのか、よくわからない写真をあげたら「いいね」の数が減ったであろう。が、「#インスタ萎え」が市民権を得た瞬間から、扱いは180°変わる

「インスタ萎え」というハッシュタグを付ければ、微妙な写真をあげても許されるのだ。

これは、尖った意見を述べる際の「個人的な意見ではあるが…」「この分野には詳しくないので素人的な発言になるが…」という批判をさせにくくする前置きと同じ扱いなのではないだろうか。

こんな便利なハッシュタグ、使わない手はない。

「インスタ萎え」はセンスが出る

極論を言えば何をあげても良い免罪符にもなり得る「#インスタ萎え」だが、実は相当難易度が高いのではないだろうか。

今までは内容の浅いまとめサイトでインスタ映えする場所を調べ、そこで写真を撮れば、どんなにセンスが無い人でもある程度様にはなっていた。もちろん、写真を手軽に加工してくれるアプリの功績も大きい。

が、「華やかしい場所」「綺麗な写真」「華やかしい私達」を目指していれば良かったインスタ映えに対して、そもそもインスタ萎えは何を撮れば「萎える」のだろうか。

し、自分自身も「言語化は難しいぞ」と不甲斐なく思う。

とにかく、「華やかしさ」だけに承認欲求を得ていた2017年と比べて、2018年は「どうすれば萎える写真を撮れるのか。自分のフォロワーがどの写真に萎えてくれるのか。」という、ペルソナ(ターゲットの属性)を考え抜くセンスが問われるのではないか。

もはやインスタに求められるのはビジネス能力である。

他人の容姿を萎え要素にしないで欲しい

何を撮れば「萎える」のか問題の前に、これだけは言いたい。

他人の容姿を萎え要素として扱わないで欲しい。

他人とはどこまでか区別は難しいが、少なくとも人の容姿をディスる行為は、お互いに強固な愛がある関係でも成り立つかどうか。

あなたのモラルに萎える

流石に寒そうとか、暑そうとかは大丈夫ですよ。それは容姿ではなく状態。

twitter映えしそうな写真をお洒落なテイストに加工する

「何を撮ればインスタ萎えなのだろう」という話に戻るが、

インスタ萎えは、つまりはtwitter映えなのでは。
というか、そもそもインスタ萎えは人によって解釈がかなり分かれるのでは。

かなり長い間、頭の中でこねくり回したが、結論は出なかった。

流石に「結論が出なかったという結論」ではここまで読んでくださった方に申し訳が無い。ここからは(というか、ここから)完全に個人的な意見になるが、

このような感情の変化を生み出す写真が、インスタ萎えを起こしてくれるのではないだろうか。

写真が目に入った瞬間は「綺麗」「可愛い」といった、2017年までの一般的なインスタの写真そのものの慣れた感覚。

しかし、よくよく見ると少しシュール。それは、少しダサかったり、有名な観光地なのにそこまで有名でない置物との写真であったり、せっかくのディズニーでミッキーがピースしてくれているのに当の本人はめちゃくちゃ寒そうだったり。

人間味が溢れるような写真

最後の余韻に「ふふっ」と自然に和んでしまうものがくれば、それは最高の萎えなのではないだろうか。

とはいえ、何回も言うがインスタ萎えはセンスが出るため、簡単に萎えさせることは難しい。

自分が考えられる1番簡単な切り口としては「twitter映えしそうな写真をインスタ風に加工してみる」というアイデア。

正直に言えば、切り口はいくらでもある。

インスタ映えを本気で狙って撮った写真の中で、あえて最も残念なものを選ぶとか。例えば、写真を撮る時に指が映ってしまっただとか、シャッター押す際にぶれてしまい自分達の顔が絶妙に判別できない写真だとか。

ぜひ、インスタを見た人が思わず笑顔になってしまうような写真をあげて欲しい。

 

地味に過去に、「インスタ萎え」のブームを予言するような記事を書いていたので、こちらもどうぞ。

「インスタ映え カフェ」で検索したあなたに送るフォトジェニックな喫茶店(嘘)

2017.12.17

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